NEXCO東日本が東北地方で管理する高速道路の延長は2022年3月現在で1,396kmとなっています。
1973年11月に東北自動車道白河~郡山間と白石~仙台南間が開通して以来、高速道路ネットワークの完成に46年を要しました。
高速道路の各路線を走ると、計画・建設時に多くの技術者たちがルート選定や休憩施設の配置、構造物・植栽などの景観設計に込めた思いや、そんな構想を引き立てようと考えたアイデアや工夫がいたるところに潜んでいることに気づかされます。
高速道路を利用されるお客様、高速道路に興味のある方、高速道路の管理に携わるNEXCO東日本グループをはじめとする関係者が、東北の高速道路の魅力を楽しんでいただけるようこのページを作成しました。
盛岡市の市街地西側を通る東北自動車道を北に向かって走ると、背後には美しい円錘の形をした岩手山(2,038m)がそびえ立つ。この山は岩鷲山、岩手富士、南部富士、南部片富士といった具合に様々に呼び表されている。岩手県のシンボル的な存在で、周辺地域の人々に様々な心象を与えてきたからであろうか。
「南部富士」は、いうまでもなく盛岡側から眺めた姿が富士山のような円錐形をなしていることからそう呼ばれ、南側の矢巾町付近からは左右非対称に見えるため「南部片富士」とも呼ばれる。東北自動車道の上り線を走り、竜ケ森TNを過ぎると長い下り坂にかかり、この坂を下りきった松尾八幡平IC付近にさしかかると、目の前にパァッと岩手山が飛び込んでくる。上り線ならそこから岩手山SAまでの間、下り線なら紫波IC付近から滝沢ICの間、車が進むに従い岩手山の山容は刻々と変化して見え、ドライバーに鮮烈な印象を与えてくれる。まさしく、シーケンシャルな景観変化を味わえる高速道路ドライブの醍醐味だ。深田久弥は著書『日本百名山』の中で、「岩手山は車中から見る山で最も秀でた山の一つである」と述べている。
(東北自動車道 紫波IC~松尾八幡平IC)
閉じる磐越自動車道を磐梯熱海ICから新潟方面へ進み、連続するトンネルを抜け、左に緩くカーブした下り坂のその向こうに、伸びやかに裾野を広げた磐梯山(1,816m)が見えてくる。猪苗代湖北岸の猪苗代磐梯高原ICの手前3kmほどの地点となる。訪れる者を出迎えるかのように道路の正面にそびえ立って見えるコニーデ型の美しい姿は、「会津富士」とも、あるいは民謡で唄われるように「会津磐梯山」とも呼ばれている。磐梯山は猪苗代湖の北にそびえる活火山(成層火山)で、広義には主峰の磐梯山(写真左の左端)のほかに赤埴山(同右端、1,430m)と櫛ヶ峰(同中央、1,636m)を含めて磐梯山とされる。
磐梯山SAと名付けられたサービスエリアからはやや南西方向から磐梯山を仰ぎ見ることになり、主峰の磐梯山が力強い姿を見せてくれる。また、会津盆地側から見ると、磐梯山の西に続く猫魔ヶ岳(1,404m)や古城ヶ峰(1,288m)の稜線が迫ってきていて、ひと続きの山地のような重厚な姿を見せてくれる。
(磐越自動車道 磐梯熱海IC〜磐梯河東IC、磐梯山SA)
閉じる吾妻連峰(吾妻山)は奥羽山脈の一部をなしていて、山形・福島両県の県境を挟んで東西方向に数十kmほどの広がりをもって跨る大きな火山群である。一見したところ、どこが山頂か判然としないほどの大きさだ。
吾妻山は東から順に東吾妻、中吾妻、西吾妻に大別される。このうち活動時期が最も新しいのは東吾妻で、きれいな円錐型斜面をなす吾妻小富士(1,705m)、なだらかな山容が美しい成層火山・東吾妻山、東吾妻の主峰・一切経山(1,949m)などが特徴的である。
福島盆地寄りの東吾妻は、東北自動車道の上り線からよく見える。国見峠を越えて269KP付近から福島盆地の平地に出ると、進行方向に仰ぎ見ることができる。
東北自動車道は、福島市街地を西に大きく迂回していて、道路の平面線形は微妙に変化しつつ上り線の進路は大きく右方向に変わる。そうした進行方向の変化に応じて、あるときは東吾妻が、あるときは安達太良連峰の北側に位置する箕輪山(1,728m)が正面になって見え、高速道路ドライブの醍醐味を味わえる。
(東北自動車道 上り線 262KP付近)
閉じる山形蔵王ICを過ぎて仙台方面を目指すと、山形自動車道はその高度をどんどん上げていき、岩の沢TNを抜けると、遂に整った形の山が真正面に立ちはだかる。その名はハマグリ山(1146.4m)。確かにハマグリの形に見える。
ハマグリ山の右側の鞍部が、山形・宮城両県を結ぶ笹谷峠で、幾筋もの高圧送電路が笹谷峠をめがけて駆け上がっていくのが見える。東北の脊梁である奥羽山脈を越える交通路のうち、笹谷峠は古くから利用され、その記録は平安時代までさかのぼる。
古代律令国家の勢力は東北地方までおよび、「延喜式」によれば8世紀前半には多賀城に至る「東山道」が整備されたという。一方、和銅五(712)年、それまで越後国の一部であった出羽郡が出羽国として成立し、東山道に属した。これを機に出羽国府である出羽柵(庄内平野の最上川左岸あたり)と多賀城を結ぶ道が、笹谷峠(906m)を経て通じたと考えられている。江戸期には、仙台・山形を結ぶ幹線道路は作並街道(現在の国道48号ルート付近)と笹谷街道(のちの国道286号)に変転した。このうち笹谷街道は、一時期、秋田・津軽藩の参勤交代路として利用され、また阿武隈川河口の荒浜を通じた米の輸送路ともなったが、笹谷峠の標高が高く交通には難儀を極めたため、その役割は次第に羽州街道に譲られることとなった。
(山形自動車道 関沢IC付近)
閉じる酒田方面に北上する山形自動車道は、東北でも有数の米どころ、庄内平野の中を走っている。
酒田IC付近は、日本三大急流の一つ最上川の河口付近で、雄大な水の流れと広大な水田が高速道路の周りに広がる。さらに北上すると、現在も火山活動を続ける活火山鳥海山(2,236m)が、その優美な山容を毅然と現す。
鳥海山は、大物忌神を祀る霊峰、東北屈指の名峰“出羽富士”“羽後富士”として跪拝される名山だ。山頂付近には形成年代の異なる二つの火山が肩を寄せ合い、爆発の際に押し流された大泥流によって、見事な美しいコニーデ型の円錐形を呈している。東西二つの火山帯からなり、その北面は荒々しい男性的な顔つきを見せ、東や南からは慈母のように優しい富士の佇まいを見せる。
山形自動車道からはその優しい顔を望むことができ、秋田自動車道を走れば、横手盆地の南西に、秋田、山形の両県にまたがる鳥海山の美しい姿が毅然としてそびえ立っているのを望むことができる。
(日本海東北自動車道 庄内空港IC〜酒田みなとIC、秋田自動車道 湯田IC~大曲IC)
閉じる月山(がっさん、1,984m)は西に湯殿山、北に羽黒山を従える出羽三山の主峰である。山頂には月読尊を祀る月山神社があり、今も修験者の厚い信仰の対象となっている霊山だ。
山形自動車道は、山形盆地からこの出羽三山に向かって北上する。月山の麓にある月山湖PAから月山ICに至る高速道路からは、月山湖を眼下に、緩やかに裾野を広げるその姿を望むことができる。松尾芭蕉が「雲の峰 いくつ崩れて月の山」と詠んだ月山は、現在も悠久の歴史を偲ばせる不動の姿を見せている。
(山形自動車道 西川IC〜月山IC)
閉じる太宰治(かつての北津軽郡金木町出身)は著書『津軽』の中で、岩木山(1,625m)を目の当たりにして「や!富士。いいなあ。」と叫び、「したたるほど真蒼で、富士山よりもっと女らしく、十二単の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮かんでいる。決して高い山ではないが、けれども、なかなか、透きとおるくらい嬋娟たる美女である。」と讃えている。故郷金木町の高流と呼ばれる小山に遊んだときのことである。
東北自動車道の下り線を進み、坂梨TN、碇ヶ関IC、大鰐弘前ICを過ぎて津軽平野に入ると、左手前方に「津軽富士」と呼ばれる岩木山の山頂部が見えはじめるが、防雪林や防雪柵が見通しを遮っているので、太宰が言う「透きとおるくらい嬋娟たる美女」に面と向かい合うには、津軽SAに滑り込むとよい。
津軽SA(下り線)には、施設棟の左側に植栽を施さないビューポイントが設えてあり、ここから岩木山の優美な稜線が広々と見え、太宰のように岩木山に向かって「や!」と呼びかけたくなる。
東北自動車道の下り線から岩木山を見るには津軽SAに限るが、上り線なら津軽平野の東縁の丘陵地をとおる黒石IC付近から津軽SAを過ぎて大鰐弘前IC途中あたりまで、津軽平野の向こうに岩木山を追うように見ることができる。
(東北自動車道 津軽SA)
閉じる日本最長の東北自動車道を北へ北へと車を走らせ青森市内に入ると、青森JCTを経て末端の青森ICへと至る。そのJCTから分岐して東に向かうのが青森自動車道で、NEXCO3社が管理する高速道路の本州最北端となる。現在の路線の最東端、青森東ICのキロポスト標示の692.9KPは日本最大値を示す。
青森自動車道を青森東ICから西に向かって走ると、左手には八甲田の山並みが見えてくる。あえて「山並み」と言うのは、八甲田山と言いながら八甲田山と名がついた独立峰は存在せず、複数火山の総称だからだ。大岳(1,584m)、前岳、田茂萢岳、赤倉岳、井戸岳、硫黄岳、石倉岳、高田大岳、これらが八つの甲に見えることから通常「八甲田」と呼ばれている。正式には「北八甲田連峰」と言う。東北の脊梁奥羽山脈の北端であり、青森県の最高峰岩木山(1,625m)に次ぐ標高1,584mである。
青森自動車道を走っていて八甲田山を正面に捉えることはできないが、青森平野を取り囲むよう聳える山地の主役ともいえる八甲田山の存在感はことのほか大きい。
(青森自動車道 青森東IC〜青森中央IC)
閉じる(上り390.3m、下り408.3m、 PC3径間連続橋、最大支間長188m)
東北自動車道の鹿角八幡平IC~安代IC間は、奥羽山脈を横断し、一級河川米代川が形成した極めて急峻な渓谷地帯を進む。この間にある湯瀬渓谷は深さ40mにも達するV字谷で、S字状に何度も屈曲を繰り返している。そのため、この鹿角市湯瀬地区には多くの長大橋とトンネルを建設しなければならず、日本の高速道路建設工事の歴史の中でも屈指の難工事となった。さらにこの区間は、十和田八幡平国立公園を背景に優れた渓谷美が醸し出す景勝地で、架橋の際は地域の景観に調和するよう橋梁形式の選定に配慮がなされた。湯瀬渓谷と交差して建設されたこれらの架橋群は「湯瀬五橋」と呼ばれている。
※写真の両横をクリックすると湯瀬五橋の他の写真をご覧いただけます。
(東北自動車道 安代IC~鹿角八幡平IC )
閉じる八郎湖は秋田県の中央西部、男鹿半島の付け根に位置し、1957(昭和32)年から始まった八郎潟干拓事業によって大部分の水域が陸地化され、陸地部分が大潟村となったが、残された3つの水域(八郎潟調整池、東部承水路、西部承水路)を合わせた総称である。
秋田自動車道を下って横手ICを過ぎると、秋田市に向かって北寄りに進み、秋田市を越えてさらに進むと、八郎湖の東側に沿うようにほぼ北に向かう。秋田自動車道が八郎湖に最も近づく付近に八郎湖PAが設けられており、上り線側には西向きの斜面を利用して展望園地が設けられている。長い階段を上れば、眼下に八郎湖(東部承水路)、左手奥には男鹿半島の寒風山(355m)、本山(715m)、真山(567m)などを一望のもとに俯瞰することができる。冬の八郎湖周辺は白い雪の平原となり、春は緑、秋は黄金色と稲の生長とともに色が変化する。太陽が日本海に沈む夕暮れ時、八郎湖と水平に広がる干拓地の見事な景色は見応えがある。
(秋田自動車道 琴丘森岳IC~五城目八郎潟IC、八郎湖SA上り線)
閉じる錦秋湖は、和賀岳より流れ出た和賀川をせき止めて造られた湯田ダムによってできた人造湖である。
胆沢川の石淵ダム、猿ヶ石川の田瀬ダムに次いで、「北上川五大ダム」の第三番手として、計画・建設され、型式は全国に12基しか存在しない重力式アーチダムで、東北地方では唯一の存在である。
湯田ダムによって形成された錦秋湖は、東西に横長の形をしており、上流部と下流部を狭窄部が分けるをしている。総貯水容量は約1億1,460万トンで、北上川水系では田瀬湖に次ぐ規模となる。
周辺は、湯田温泉峡県立自然公園に指定されており、秋には湖の周辺を紅葉が彩り、春は新緑も美しい。
(秋田自動車道 錦秋湖SA)
閉じる松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で詠んだ「五月雨をあつめて早し最上川」の句で知られる最上川は、日本三大急流の一つで、東北地方にあって日本海に注ぐ最大の河川である。そんな最上川と高速道路は4度交差している。東北中央自動車道が米沢北IC前後で2度最上川を渡り、次に山形自動車道が山形JCTと寒河江ICの間で交差する。さらに、日本海東北自動車道が酒田ICと酒田中央ICとの間で最上川を渡り、その最上川は、そこから6kmあまり流れ下って日本海にたどり着く。酒田IC付近は、最上川の河口付近にあって、雄大な水の流れと広大な水田が高速道路の周りに広がっている。
高速道路の橋梁防護柵のほとんどは壁高欄で川面が見通しづらいが、最上川を最も下流で渡る日本海東北自動車道の最上川白鳥大橋(橋長674.1m)は壁高欄と鋼製高欄を組み合わせた構造となっていて、広く最上川が見渡せ、清々とした気分になる。
(日本海東北自動車道 酒田IC~酒田中央IC ほか)
閉じる月山湖PAは、山形自動車道を山形盆地から出羽三山に向かって北上する途上にある。
「月山湖」は寒河江川に建設された寒河江ダムによって出現した人造湖で、霊峰月山にちなんで命名された。国土交通省東北地方整備局が直轄で管理する山形県最大のダムは、寒河江川および最上川の治水、山形市など山形県村山地方への利水と出力7万5,000kWの水力発電を目的とした特定多目的ダムで、高さ112mのロックフィルダムである。ダムは1990(平成2)年に本体が竣工し、同年11月に完成、運用が開始されている。計画発表から完成まで19年間の年月を要し、その間にこの地域の住民は近隣各地へ転居していった。
2005(平成17)年、西川町の推薦により、財団法人ダム水源地環境整備センターが選定するダム湖百選に選ばれている。
月山湖には、高さ112mの噴射能力を有する月山湖大噴水がある。4月から11月までの毎日10時から17時までの間1時間に1回噴射され、季節によって形を変えたり、夏には夜間ライトアップも行われ、寒河江ダムのシンボルとなっている。
(山形自動車道 西川IC〜月山湖PA〜月山IC)
閉じる名取川は、蔵王連峰に源を発し、仙台市内を流れる広瀬川と合流して仙台湾に注ぐ一級河川である。河口の閖上漁港は、中世以来の歴史を持つ港町であるが、東日本大震災で大きな被害を受けた。東北自動車道は、仙台南IC直前で名取川(名取高架橋)を渡河しているが、仙台南ICに直結する仙台南部道路はここからほぼ名取川に沿って広瀬川合流部まで東進している。川口付近では、仙台東部道路が単弦ローゼ橋(新名取川橋)で名取川を渡っている。
(仙台東部道路 仙台若林JCT〜名取IC)
閉じる阿武隈川は福島県と宮城県を流れる阿武隈川水系の本流で一級河川である。流路延長239kmは、東北地方で北上川に次ぐ長さで、古くは大隈川と呼ばれていた。
那須岳の一つ、三本槍岳のすぐ北側に位置する福島県西白河郡西郷村の甲子旭岳に源を発し、東へ流れている。白河市に入り西白河郡中島村付近で北に流れを変えると、須賀川市・郡山市・福島市と福島県中通りを縦貫してさらに北に流れていく。福島県と宮城県の境界付近では阿武隈高地の渓谷を抜け、宮城県伊具郡丸森町で角田盆地に入り、角田市を流れて仙台平野に出た後、岩沼市と亘理町の境で太平洋に注ぐこととなる。川から海へと注ぐ古代の旧河口は現在の鳥の海(鳥の海PA付近)である。
高速道路は、この阿武隈川と3箇所で交差する。最も上流側は、東北自動車道の白河ICと白河中央スマートICの間(福島県白河市)を阿武隈川橋(橋長13m)で渡る。次いで、磐越自動車道の郡山JCTと郡山東ICの間で交差し、新阿武隈川橋(橋長390m)で渡る。そして、仙台東部道路の岩沼ICと亘理ICとの間で最下流に架かる阿武隈大橋(橋長530m)で横過する。高速道路から見える川幅の違いは、最上流から最下流に至る阿武隈川の長旅を想起させる。
(磐越自動車道 郡山JCT〜郡山東IC、仙台東部道路 岩沼IC〜亘理IC)
閉じる「長者原」といい「化女沼(けじょぬま)」といい、何やら物語性を秘めた地名のように思えて、先を急ぐ高速道路のドライブだが、ついつい立ち寄りたくなる。長者原SAの名は所在する地名に由来するようだ。長者原の地名の由来には諸説あるが、この地は縄文時代の遺跡があることからわかるように、早くから拓け、中近世には豪族すなわち長者が長く支配したところで、尊敬と回顧の念から、この地を総称して「長者原」と名付けたと言われている。
長者原SA(上り線)に隣接している化女沼は、北上川水系田尻川の治水対策(洪水調整機能)として1995(平成7)年に完成した治水ダムだが、元々は仙台藩が水源に活用した自然湖(潅漑用溜池)だった。そんな化女沼付近に居を構えた美しい娘と若衆との悲恋物語「化女沼伝説」が語り継がれている。
ダムが完成してからは、市民の広場やピクニックエリア、スポーツ施設が整備されるなど市民の憩いの場としても利用されている。同時に、化女沼の豊かな自然環境の保全が図られ、多種多様な水生植物も豊富で、ヒシクイ、マガン、オオハクチョウなど多くの渡り鳥が越冬する。2008(平成20)年8月には、国指定鳥獣保護区(集団飛来地)に指定され、同年10月には国際的に重要な湿地を守るラムサール条約湿地に登録された。冬の間、長者原SA付近をドライブしていると、夕陽を背にヒシクイが群をなして高速道路の上空を横切り、化女沼へと降りていく場面に遭遇することがある。
(東北自動車道 長者原SA)
閉じる北上川は、七時雨山南東斜面や岩手町御堂などを源流域とし、岩手県の中央、奥羽山脈と北上高地の間を北から南へと縦断し、宮城県登米市津山町付近で旧北上川を分派して石巻市北上町で追波湾に注ぐ。幹川流路延長約249kn(全国5位)、流域面積約10,150㎢(全国4位)という東北第一の一級河川である。江戸廻米(舟運)や新田開発(沿川治水)のために古くから人の手が入った河川で、流域には幾つもの温泉地を抱え、厳美渓、猊鼻渓といった名勝、民話のふる里遠野、世界遺産の平泉など有形、無形の文化財が豊富な地域でもある。
この北上川、東北自動車道とはほぼ並行するように南流しているため、高速道路と出会うのは東北自動車道から分岐して東に向かう釜石自動車道花巻空港IC〜東和ICの1箇所だけだ。花巻市出身の詩人・童話作家宮沢賢治は「石っこ賢さん」と呼ばれるほどの鉱物好きの少年であった。花巻市内を流れる北上川と猿ヶ石川の合流点の西岸に、イギリスの海岸に見られる第三紀末・鮮新世の凝灰岩質泥岩が露出していて白亜紀層を想起させることから、賢治はこれを「イギリス海岸」と名付けた。この北上川橋付近は、そのイギリス海岸と名付けられた猿ヶ石川との合流地点にも程近い。
(釜石自動車道 花巻空港IC〜東和IC)
閉じる高速道路を走っていてよく見られる植栽の例は、遮音壁前の樹木であろう。遮音壁の景観的な問題がクローズアップされたのは1980年代後半からであるが、植栽によって遮音壁を隠してしまおうという発想だ。遮音壁は仮設的な構造物という位置付けから脱却せず、十分な景観的検討、デザインがなされていないことが大きな課題、という指摘も当時なされた。がしかし、実際に採用された景観的な対応策としては、収まりの悪い天端部に笠木を取り付けたり、唐突に始まる始終端部に傾斜のついたパネルを設置することなどで、遮音壁のデザインを根本的に見直した例はごく稀であった。
一方、植栽によって遮音壁を遮蔽するという対応は広く行われてきた。コンクリートや金属の質感を樹木によって置き換えることにより、周辺との調和を図っていこうとするものである。年間を通して遮蔽機能を発揮させようとすると、常緑樹種が有利と思われるが、花を楽しめるもの、新緑や紅葉が鮮やかなものなどを活かすために落葉樹も多用されている。
(東北自動車道 福島西IC〜福島飯坂IC 他)
閉じる強い陽射しが照りつける夏の日、大きく広げた枝先に繁る青々とした木の葉が風に揺らぎ、その足元にできた木陰を眺めているだけでも涼しい風がそよいでくるようだ。その涼やかな木陰は、建物の庇やテントなどでできる日陰とは違い、植物の蒸散作用によって気温の低下が認められる天然のクーラーとなる。水が気体(水蒸気)になるときに周りの熱を奪うため、冷却効果が発揮され、樹木の活動が円滑になり、周囲の気温も下がる訳である。
サービスエリアやパーキングエリアは高速運転のストレスから解放され、ゆっくりと休んでまた安全に運転するための「休憩施設」である。休憩する場所に木陰を増やし、エンジンを止めてリラックスできるようになれば、CO2の放出量も減らせるのだから。
(東北自動車道 本宮IC〜二本松IC、安達太良SA下り線他)
閉じる東北自動車道の滝沢ICから西根ICにかけては岩手山の東側、標高300m程のなだらかな山麓を南北に通っている。県都盛岡から北に向かい、滝沢ICを過ぎるとやがて盛土構造が続き、下り線側にはドイツトウヒ(ヨーロッパトウヒ)主体の地吹雪防止林の濃い緑が連続するようになる。気がつくと上り線側にも同じような樹林が見え始め、次の西根ICまで右に左に緩くカーブしながら約6~7kmほど、ずっと樹林に包まれた景観が続く。そして、針葉樹の林を両側に眺めながら3~4km車を進めると、ドイツトウヒの前面に落葉樹が植えられているのに気づく。ナナカマドだ。
ナナカマド(学名;Sorbus commixta、バラ科)は北海道、本州、四国、九州、アジア東北部に自生し、樹高6~10m程度。北海道など北国では街路樹に用いられている。材が硬くて燃えにくく、7回竈(カマド)にくべても燃え残るので、とその名の由来が言われている。ナナカマドといえば秋、真っ赤に熟した実と見事な紅葉が印象的だが、花の時期は新緑と白い花のコントラストが美しい木である。陸上自衛隊岩手駐屯地・演習場に隣接するこの区間だが、緑が主役になった東北のみどころのひとつである。
(東北自動車道 滝沢IC~西根IC)
閉じる東北自動車道は、脊梁である奥羽山脈の東側に山脈と並行して南北に配置している。そのため、冬になると西寄りの季節風が奥羽山脈を越えて吹き下し、時として吹雪や降り積もった雪が吹き上げられる地吹雪が発生する。
吹雪や地吹雪は東北自動車道を襲い、通行するドライバーに視程障害を与える。樹林帯はその風上側と林内に飛雪を捕捉し、吹き溜まりや視程障害を防止・緩和するとともに、一面真っ白になってしまう視野の中にあって緑の木々は視線誘導の効果も期待できる。視程障害を緩和しようと、東北自動車道の下り線(西側)の路側には、必要に応じて延々と防雪林が育成されてきた。岩手県の盛岡以北には、樹齢約40年を超えるドイツトウヒの樹林帯が幅約10mの帯状に連なっていて、東北自動車道独特な景観を創り出している。
高速道路において最初に防雪林が整備されたのは、1979(昭和54)年9月に開通した東北自動車道大鰐弘前IC~青森ICである。多雪地帯であるこの区間の建設にあたっては、雪氷対策が重要課題の一つで、道路防雪林も対策の一つとして採用され、東北本線の野辺地防雪林など著名な鉄道防雪林を参考にして整備された。
(東北自動車道 大鰐弘前IC~青森IC、盛岡南IC~滝沢IC、山形自動車道 西川IC~月山IC 他)
閉じる雪崩(なだれ)防止林。文字どおり、山腹で発生した雪崩が高速道路に達して災害が発生するのを防ぐための山林施設である。東北の高速道路には、雪崩発生の危険が高い地区に雪崩防止林がある。東北自動車道松尾八幡平IC〜碇ヶ関IC、秋田自動車道湯田IC〜横手IC、磐越自動車道西会津IC〜津川ICなど、降雪量が多い山岳地区である。
雪崩を防止するには、予防柵や吊枠、吊柵などさまざまな構造物があるが、積雪の移動を抑え雪崩の発生を防止するのに雪崩防止林は有効である。林が成長すると、全層雪崩のほか表層雪崩に対しても効果がある。日本には、昔から雪持林や留山といわれる集落背後の禁伐林があって、雪崩防止の役割を果たしてきた。植林して樹林を育成すると、効果を発揮するまで10〜30年も要するため、高速道路に隣接していて雪崩防止に有効な森林を買収し、雪崩防止林としているほか、切土部やトンネル坑口部に植栽している。
(東北自動車道 松尾八幡平IC〜安代JCT 他)
閉じる太平山PAは、秋田自動車道の秋田中央ICと秋田北ICの間にある。この上り線側には「森のオアシス」として、木立の中に普通車を駐車して休憩できる空間がある。
太平山PAを含むこの路線の計画整備が進められていた当時、高速道路施設の中でも最も利用者が休息感を実感し、癒され、潤うべき休憩施設の屋外空間の在り方として、「より質の高い道路空間」の創造ならびにバリアフリーを取り込んだ「ユニバーサルデザイン」の展開が必要とされるようになった。そのような社会的背景等を踏まえて、施設の利用のしやすさ、わかりやすさ、安全性、ゆとり、潤い、美しさ、地域性・文化、効率性、環境保全と休憩施設の充実・質の向上を総合的に実現するため、ここに緑陰駐車場が整備されることになった。バリアフリー対策や環境への配慮もさることながら、高速道路のドライブ途中に、小さな森の中に車ごとすっぽりと包まれながら過ごすひと時は、身体だけでなく心も癒される「森のオアシス」「憩いの場所」といえる。
(秋田自動車道 太平山PA)
閉じる1979(昭和54)年に開通した東北自動車道大鰐弘前IC~青森ICは、盛岡以北で最も早く開通した高速道路だが、同時に東北では初めて体験する豪雪地帯だった。このため、造園工事でも豪雪に耐えうる樹種を選び植栽したが、高速道路の盛土路肩付近は除雪作業により排除される雪の圧力により植栽された高木は倒木等の大きな被害を受けた。これを踏まえ、当時建設を担当していた日本道路公団仙台建設局は、除雪による被害の実態調査を行い、盛土の路肩から5m程度の被害が大きかったことから、豪雪地帯では路肩から5mを堆雪スペースとし、基本的に高木性樹木の植栽を実施しないこととした。
当時未開通であった東北自動車道安代IC~碇ヶ関ICでは、この設計思想に基づいて造園工事が実施された。その中にあって、1983(昭和59)年に開通した鹿角八幡平IC~十和田IC間は、花輪盆地を通過する盛土連続区間のため、防雪林を連続して植栽することとなった。この防雪林の植栽にあたっては、幅5mの堆雪スペースの最前面にサクラを苗木から植栽することにより、将来は針葉樹を背景にしたサクラの並木が造成できると考えたのだ。雪に強く、枝が箒状に上に伸びる性質のため防雪林への影響も少ないとみられた、オオヤマザクラの苗木植栽が実施された。
開通から約30数年経過した現在、設計段階でイメージした通りの見事なサクラ並木が実現している。毎年の大型連休の頃には大勢のお客様が、このサクラ並木を通り「弘前サクラまつり」に向かう。そのお客様たちが目指す舞台を祭り会場とするならば、鹿角八幡平IC~十和田IC間は、その手前の花道のような存在であるといえる。
(東北自動車道 鹿角八幡平IC~十和田IC)
閉じるヤマユリは、近畿地方から東北地方にかけて里山を彩る代表的な花であり、かつてはごく一般的な花として多くの市民に親しまれていたのだが、近年は里山が利用されなくなり林内に光が入らなくなったことなどから、生育箇所が減少している。
一方、高速道路においては、牧草等の一次植生で緑化されたのり面に次第に周辺の植生が侵入してきており、かつての里山の植生が回復しつつある。特に、毎年草刈りを行なっている切土のり尻部においては、ヤマユリの生育に適した半日陰の環境となっているため、夏に数多くの花を咲かせている。
(東北自動車道 若柳金成IC~一関IC 下り線)
閉じる東北自動車道上り線を村田ICから白石ICに向かって進むと、蔵王PAの少し手前の右カーブの外側にサルスベリの並木が1㎞近く続き、夏の東北道に景観上の大きなインパクトを与えている。
これは、背後にある採石場(現在は跡地)の岩盤が非常に大きな裸地となって東北自動車道から目立って見えていたため、高速道路を走行するお客様の視線が採石場ではなく、沿道に向けられるように、花が鮮やかで花期の長いサルスベリを列植したものである。
植栽後約30年が経過しているため、花付きの悪化や竹の侵入による被圧等が懸念されている。
(東北自動車道 村田IC〜白石IC 上り線)
閉じる美しい日本の秋を彩る紅葉の代表選手。紅葉の名所は標高の高い山地部に多いため、名所の盛期を過ぎたころから高速道路ではモミジが色づき始める。そのため、高速道路での紅葉の見ごろは、東北地方北部の道路で10月中旬~下旬、東北地方南部の道路では11月上旬ごろが多いようである。
美しい紅葉を見せるイロハモミジやヤマモミジはサービスエリア・パーキングエリアに多く植栽されているが、高速道路周辺の山にもヤマモミジの他ハウチワカエデ、イタヤカエデなども自生しており紅葉の時期の東北は特に美しくなる。
(秋田自動車道 錦秋湖SA他)
閉じる東北地方に春を告げる花と言えばサクラよりも一足早く開花する、コブシやハクモクレンの花と言える。
どちらも、モクレン科モクレン属の白い花で良く似ているが、花を良く見ると違いがすぐに判る。見分け方は、花の向きがバラバラに咲き花びらがパッと全開しているのがコブシで、花が上向きに咲き花びらがチューリップのように丸く開くのがハクモクレンである。
代表的な植栽地は、国見SAの他、コブシは安積PAや湯ノ岳PA、三春PAなどである。ハクモクレンは阿武隈PAや志波姫PAなど多くの高速道路のサービスエリア・パーキングエリアに植栽されている。
(東北自動車道 国見IC〜白石IC他)
閉じる東北の山を彩る紅葉の代表がモミジなら、高速道路の内部を彩る紅葉の代表はナツヅタだろう。
ナツヅタは、非常に丈夫で生長が早く、痩せて乾燥しやすいところでも生育が可能である。しかも、先端に吸盤が付いたひげでコンクリートの壁面でも補助材なしで登攀する能力があり、遮音壁等の壁面緑化によく用いられてきた。
壁面緑化された遮音壁は、春から夏の緑、秋の紅葉、冬の落葉した蔓の姿と四季の変化が楽しめる。
(東北自動車道 一関IC~花巻IC他)
閉じる夏から秋にかけて白色や紅紫色の花を次々と咲かせ、花期が長く、やせ地にも耐えるので、東北自動車道の遮音壁や防雪柵の前に植栽されている。その中でも純白の大きな花は、暑い夏のドライブに清涼感を与えてくれる。
剪定に耐えるので、サービスエリア・パーキングエリアなどでも生垣状に植栽されているところもある。近くで見ると、花の色や形、さらには斑入りの有無など多様な形質を示すので、これらの違いを見ることでも楽しめる。
ハイビスカスと同じアオイ科フヨウ属であるが、耐寒性が強く、世界中で広く栽培され、韓国では国花になっている。
(東北自動車道 古川IC付近)
閉じる春を告げる花にはコブシやサクラのように高木とならなくても、色鮮やかな花を沢山つけサービスエリアやパーキングエリアを色鮮やかに演出する低木類も見逃せない。
春を告げる低木の代表選手が、白い小さな花を枝一杯に咲かせるユキヤナギと鮮やかな黄色の花を咲かせるレンギョウだ。
常磐自動車道の四倉PA(下り線)には、ユキヤナギとレンギョウの大きな寄せ植えがあり、その美しさはサクラをしのぐといっても過言ではない。
(常磐自動車道 いわき中央IC〜いわき四倉IC他)
閉じる東北自動車道の下り線を北に進んで、坂梨トンネルを通り抜けると岩手県から青森県内に入り、さらに碇ヶ関ICを過ぎて平川が流れる谷筋を走り大鰐弘前ICを過ぎると、眼前に津軽平野が広がる。反対に上り線は浪岡ICを過ぎると、そこからは津軽平野だ。
東北自動車道は津軽平野の山裾に配置されており何くわぬ素振りで進んで行く。
東北自動車道は津軽平野の通過にあたり、そのルート選定に紆余曲折があった。弘前市街地に近い平野部ルートか、黒石市の東側の山寄りルートかという選択で、結局、現在の山寄りルートを選ぶこととなり、その結果、約20km以上にもわたってリンゴ園地帯を通過することになった。
春、5月上旬頃になると、沿道から見える山裾の丘陵地帯には白いリンゴの花が一面に咲き、東北自動車道を走る車からは残雪をのせた岩木山とともにリンゴの花園を満喫できる。
(東北自動車道 大鰐弘前IC〜浪岡IC)
閉じる会津盆地は、福島県の西半分を占める会津地方のやや北東寄りに位置している。南北約34km、東西約13kmと縦長の楕円形をしており、東は磐梯山、猪苗代湖を含む奥羽山脈、南は会津高原、西は越後山脈、北は飯豊山地に囲まれている。俗に「あいづだいら」と呼ばれる盆地床は標高175~220m程度で、ほぼ中央を阿賀川が北流している。
郡山JCTから磐越自動車道を西へと向かうと、ほどなく山間部へと入って高度を上げ始め、やがて磐梯山と猪苗代湖に挟まれた平坦部に出る。そして、再び山間部へと入り、磐梯山SA、磐梯河東ICを過ぎ、会津若松IC手前まで走ってくると、会津盆地を一望のもとに見渡すことができる。見通しがきけば右手奥には飯豊連峰も望むことができる。盆地底部に展開する水田や市街地集落、道路の北側(上り線側)に植えられた地吹雪防止林の緑の帯、それらをひと目で捉えることができる。さらに車を進めると、盆地の西側を区切る越後山脈の低い山並みへトンネルで入っていく。東西13kmの盆地、道路延長で14kmほど、高速道路を走ればほんの12,3分、会津盆地の地形スケールを実感できる景観体験である。
(磐越自動車道 磐梯河東IC~会津若松IC~会津坂下IC)
閉じる秋田県の地形を大まかにみると、岩手県境となる東側を奥羽山脈が南北に貫き、その西側に花輪盆地、大館盆地、横手盆地などが並び、そして出羽山地が横たわり、さらに、日本海に面して能代平野、秋田平野が位置するという姿をみせている。
秋田平野は日本海に面した秋田県の中央部、雄物川の下流域を中心に広がり、日本有数の米どころである。平野の北部には八郎潟があり、東側は出羽山地の中央部を占める太平山地が連なる。北上JCTから秋田自動車道を下っていくと、横手IC付近まではほぼ東西に通っているが、その先は横手盆地を東南から北西に向かって斜めに横切り、その後は出羽山地の山麓を縫うように走っていて、平坦部をあまり通らないため、秋田平野にやってきたという感覚に乏しい。
逆に八郎湖の北、能代方面から南下して秋田方面に向かうと、やはり出羽山地の山裾を通り、八郎湖の東側を進んでいくと五城目八郎潟ICの手前で、下り坂のその前方に水田地帯の広がりを捉えることができる。平野の北端部付近だが、山間部を抜けてようやく秋田平野にやってきたという実感がわいてくる風景である。
(秋田自動車道 琴丘森岳IC~五城目八郎潟IC)
閉じる東北自動車道の村田JCTから分岐して西へ、山形に向かうのが山形自動車道である。宮城県と山形県の県境は笹谷峠。笹谷TNから長い下り坂を徐々に下っていき、山形蔵王IC付近まで来ると、山形盆地に展開する山形市街地が見渡せるようになる。山形は長らく最上川の船運に物流を頼ってきており、道路整備が立ち遅れていたとされる。その船運を担ったのが最上川である。山形県と福島県との県境、吾妻連峰に源を発し、米沢盆地(置賜盆地)、山形盆地、新庄盆地と県土を北に向かって縦断し、新庄盆地で大きく西へと向きを変え、酒田で日本海に注いでいる。従って、盆地底部の高さは米沢盆地が最も高く、次いで山形盆地、新庄盆地と低くなっていく。
(山形自動車道 関沢IC〜山形蔵王IC)
閉じる置賜(おきたま)地域は、山形県の最南端に位置し、東は奥羽山脈を境に福島県、宮城県と、西は朝日山地を境に新潟県と、南は吾妻山地・飯豊山地を境に福島県会津地方と、北は朝日山地・白鷹山を境に村山地域に接している。
また、山形県の母なる川、最上川の源である吾妻連峰の裾野に広がる米沢盆地を中心に長井盆地を含めた最上川系の陥没盆地と宇津峠(うつとうげ)山地を分水嶺とする小国盆地からなる。
気候は、日本海側の影響が濃い盆地型であり、内陸盆地特有の一日の中でも寒暖の差が大きく、夏は高温多湿で気温35度を超える日がある。また、冬は、日本海からの季節風の影響で風雪の日が多く豪雪地帯となっている。
山形上山ICから南陽高畠ICまでの区間が開通した(2019年3月14日)ことにより、仙台、山形、福島の各県庁所在地が高速道路ネットワーク化された。この区間のみどころは、なんといっても山形市内から米沢に向かって南下して赤湯TNを抜けたポイントであろう。置賜地域がパッとその全容を魅せてくれるという、劇的なシーンの転換がみられる。厳しい軟弱地盤でもあるこの付近は低盛土になっており、トンネルを出ると緩山に下っていて、より眺望を印象的なものにしている。吾妻連峰から飯豊連峰へ、ぐるりと稜線に囲まれた置賜地域にやってきたのだなということが瞬時に得心させられる景観である。
(東北中央自動車道 かみのやま温泉IC~南陽高畠IC)
閉じる八戸自動車道は、安代JCTから八戸ICに至る路線で、東北自動車道と合流する。八戸ICから安代JCTに向かって八戸道を南下すると、ほどなく300〜500mの二戸丘陵と九戸丘陵が広がる山間部へと入っていく。この丘陵地は全体に細やかな谷で開析され、浸食小起伏面を形成しているのだが、稜線の高度が揃っているため尾根線が直線的に延びている。八戸自動車道は、この尾根線を活用し、曲線半径1,000m前後の曲線を丁寧につなぎながら、極力土工量を減じるとともに、切盛土量がバランスするようにルートが選定されている。また、二戸丘陵の尾根部を連続して通過する路線は、縦断勾配が2〜3%以下でほぼ一定に抑えられている。結果的に、周囲への眺望が開けている最適地点を通過し、道路付属物や占用物等に眺望が阻害されることのない滑らかな線形となったことで、快適で楽しいドライブを供してくれる魅力的なパークウェイの誕生となったのだろう。ゆったりと横たわる折爪岳の山容は、折爪SAを過ぎるころから時には正面にあるいは樹林に切り取られた形となって少しずつ姿を変えながら、やがて折爪岳南側の鞍部を抜けて安代JCTへと導いてくれる。
(八戸自動車道 折爪SA〜九戸IC)
閉じるこんな高速道路のドライブはどうだろう。写真は山形自動車道の高架構造の区間である。周りに遮るものがなく、広がりがあって開放感たっぷりの走行景観である。そして、緩くカーブしていてこれから走っていく先がよく見通せるのも共通している。先の方までずっと見えると、走っていて安心感がもてるし、あそこまで行き着いたら、こんどはどんな風景が見えるんだろうか、そんな期待感も膨らんでくる。また、道路がカーブしているおかげで、普通は見えない橋梁の構造や橋脚の形が分かるのも楽しみのひとつである。山間部のきめ細かな地形に調和するように道路構造や線形を工夫した結果といえるが、走っていて楽しいポイントのひとつといえるだろう。
(山形自動車道 月山IC〜西川IC、常磐自動車道 常磐富岡IC~広野IC)
閉じる仙台東部道路は、仙台若林JCTと名取ICとの間で名取川を渡る。新名取川橋は、鋼2径間連続箱桁+鋼単純ローゼ桁(単弦)+ 鋼3径間連続箱桁の構成で、橋長528.3m、総鋼重5,023トンの長大橋である。中でも、中央分離帯の幅を利用し1本のアーチリブを配置した単弦ローゼ桁部が印象的で、仙台平野の中にスキッと立つ姿が美しい。仙台東部道路が名取川を渡るには、橋脚の配置の制約から約150mをひと飛びする必要があった。それには、上路式のトラス、箱桁などの橋梁形式が考えられていたのだが、東北自動車道が利根川を渡る利根川橋と同様に、前後の盛土高さを低く抑え、盛土の土量を減じようと、路面が橋梁の主構造(橋桁など)の下部となる「下路橋」とし、さらに仙台空港に向かうドライバーのランドマークとして、タイドアーチの単弦ローゼ橋を採用した。ローゼ桁部の支間は147.5m。
なお、ローゼとはアーチ系構造のうち、アーチと補剛桁との荷重分担から区分したアーチ橋タイプの一種である。
(仙台東部道路 仙台若林JCT〜名取IC)
閉じる仙台東部道路は、仙台若林JCTと名取ICとの間で名取川を渡る。新名取川橋は、鋼2径間連続箱桁+鋼単純ローゼ桁(単弦)+ 鋼3径間連続箱桁の構成で、橋長528.3m、総鋼重5,023トンの長大橋である。中でも、中央分離帯の幅を利用し1本のアーチリブを配置した単弦ローゼ桁部が印象的で、仙台平野の中にスキッと立つ姿が美しい。仙台東部道路が名取川を渡るには、橋脚の配置の制約から約150mをひと飛びする必要があった。それには、上路式のトラス、箱桁などの橋梁形式が考えられていたのだが、東北自動車道が利根川を渡る利根川橋と同様に、前後の盛土高さを低く抑え、盛土の土量を減じようと、路面が橋梁の主構造(橋桁など)の下部となる「下路橋」とし、さらに仙台空港に向かうドライバーのランドマークとして、タイドアーチの単弦ローゼ橋を採用した。ローゼ桁部の支間は147.5m。
なお、ローゼとはアーチ系構造のうち、アーチと補剛桁との荷重分担から区分したアーチ橋タイプの一種である。
(仙台東部道路 仙台若林JCT〜名取IC)
閉じる滝沢ICは、独立行政法人家畜改良センター岩手牧場(旧岩手種畜牧場)の雄大な地形の中に位置している。
東北自動車道の路線選定においては、県自然保護条令で環境緑地保存地区に指定されている国道282号沿いの樹林地帯を避け、旧種畜牧場の西側に片寄った現ルートが選ばれた。インターチェンジ周辺には豊かな自然林や牧場を取り囲む防風林が広がり、北海道とよく似た景観を呈している。滝沢ICの遠方、左手には姫神山の頂が見えている。
滝沢ICの建設にあたっては、そうした環境と景観を活かそうと、インターチェンジのループランプ内や直結ランプに囲まれた部分の既存樹林がそのまま保全された。また、隣接する牧場のイメージを大切にしようと、周辺樹林への配慮もなされた。
さらに、料金所ゲートと国道4号を結ぶランプは途中の国道282号との交差部をアンダーパスにして、カルバートボックス上に覆土して植栽し、国道のアカマツ並木を残した。しかし、病害虫が大発生して枯損木が多くなったことから、交差部のアカマツはすべて伐採せざるをえなくなった。
江戸時代は鹿角街道と呼ばれた現在の国道282号の松並木(全長3.6km)は、100年以上を経て「巣子の松街道」と呼ばれ、「日本風景街道」のひとつに選ばれている。
(東北自動車道 滝沢ICから料金所前)
閉じる東北自動車道を下って盛岡方面から青森市方向に進もうとしたとき、途中の安代JCTで八戸自動車道と分岐しているのだが、うっかりすると青森ではなく八戸方面に進んでしまいそうになる。
というのも、安代JCTから先の本線はそのまま八戸自動車道に変わってしまっていて、レーンマークに沿って漫然とハンドル操作をしていると八戸方面へ行ってしまうのである。青森に向かうには、本線から一旦流出ランプに分岐しなければならないという訳である。
同様に、八戸方面から盛岡方面に向かう上り方向のときも要注意。ジャンクションで盛岡方向を意識し過ぎると、ついつい左方向に配置されたランプに入りたくなるが、正解はランプに入らずそのまま本線を直進。そうすれば、盛岡方面へと進むことができる。
ジャンクションを計画・設計する際には、計画交通量を基にして、最も交通量が卓越した交通方向を主方向に設定し、ランプではなく本線を配置する。安代JCTを計画した際には、青森市方向よりも八戸市方向の交通量が卓越すると予想したのだろう。
(東北自動車道 松尾八幡平IC〜安代IC)
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